大町山麓美術館は、館長・笠原武が収集してきた絵画と陶芸を、作品だけでなく、その背景にある土地と人のつながりとともに公開するために設立した私設美術館です。

収蔵・展示の中心は、安曇野や日本の農村を描いた洋画家・山下大五郎と、北アルプスを描いた画家・足立源一郎です。しかし、作品の調査を進めるなかで、山下大五郎から池田町相道寺地区の陶芸家・宮澤菊男へ、そして相道寺焼の再興を支えた篠田義一へと続く一本の線が見えてきました。

このつながりは、大町山麓美術館が北アルプス山麓で何を伝えていくのかを考えるうえで、大切な出発点となっています。

北アルプス山麓に、小さな美術館を開く

大町山麓美術館は、長野県大町市にある昭和50年代の木造民家を改修した、完全予約制の小さな美術館です。2026年6月28日に現在の名称を定め、作品台帳の整備、制作年や来歴の調査、著作権の確認、展示環境の整備を重ね、同年10月2日に公開を始めます。

一つの有名作品だけを見せるのではなく、特定の作家をまとまった作品群で紹介し、その画業や地域との関係まで伝えること。それが当館の基本方針です。

出発点となった山下大五郎の作品

山下大五郎は、安曇野の山々だけでなく、その麓に広がる田畑、農家、道、働く人々の暮らしを見つめた洋画家です。大町山麓美術館では、安曇野の風景、農村、静物などの作品をまとまった形で収集し、その画業をたどれる展示を目指しています。

山下が描いたのは、観光地として切り取られた風景だけではありません。山の下で人が暮らし、季節ごとに田畑の色が変わっていく風景でした。そのまなざしを知るうえで欠かせないのが、池田町会染の相道寺地区に暮らした宮澤菊男と宮澤家との交流です。

山下大五郎と宮澤菊男―相道寺地区で育まれた交流

相道寺焼の陶芸家・宮澤弘幸氏がまとめた宮澤家の回想によれば、山下大五郎は妻とともに宮澤菊男のもとを訪れ、宮澤家に滞在しながら安曇野で制作を重ねました。菊男の工房は、山下にとって安曇野を描く際の制作拠点の一つになったと伝えられています。

農業も営んでいた菊男は、田に水が入ったとき、稲穂が色づいたとき、稲刈りが始まったときなど、安曇野の季節の変化を山下に知らせていました。知らせを受けた山下は再び安曇野を訪れ、宮澤家が用意した食事を携えて、妻と一緒に写生へ出かけたといいます。

宮澤家には、山下が「人が住む風景、民家のある景色を描きたい」と語った記憶も残されています。山下の作品に描かれた田園や民家は、単なる風景ではなく、そこで営まれる暮らしを含んだ風景でした。

一方、菊男は、同じ土地の土や灰、炎と向き合いながら、器を作りました。画家と陶芸家は表現方法こそ異なりますが、二人が見つめていたのは、安曇野の自然と人の暮らしでした。

相道寺焼の再興と篠田義一

相道寺焼(あいどうじやき)は、長野県北安曇郡池田町会染の相道寺地区に伝わる焼き物です。

宮澤家の記録によれば、昭和40年代初め、宮澤菊男は地元の青年たちとともに相道寺焼の再興を志し、松本市の陶芸家・篠田義一を訪ねて指導を受けました。菊男は、地域で得られる自然素材や灰を釉薬に生かし、伝統的な飴色だけにとどまらない、多彩で穏やかな発色の作品を制作しました。

つまり、二人の関係は、相道寺焼の歩みを考えるうえで重要なものです。篠田から受けた陶芸の教えが、菊男と地域の人々による再興の取り組みへつながり、今日まで受け継がれていきました。

篠田義一―信州の山を磁器に描いた陶芸家

篠田義一(しのだ・ぎいち、1924―2010)は、長野県下伊那郡川路村、現在の飯田市に生まれました。父・篠田鉄石のもとで早くから土に親しみ、京都で近藤悠三に学びました。1948年に日展へ初入選し、その後も長野県展、日本伝統工芸展などで活動した、信州を代表する陶芸家の一人です。

その作品では、白い磁器の肌に映える藍色の染付、赤絵、金彩が大きな魅力となっています。自宅から望む北アルプスをはじめ、信州の山々を題材にした作品も多く、磁器の器面に山岳の姿を表しました。

大町山麓美術館では、篠田義一の作品を、単に美しい陶磁器としてだけでなく、相道寺焼の再興へつながった技術と人の交流を伝える作品として紹介します。白磁、染付、赤絵、金彩の響き合いとともに、信州の陶芸文化の広がりをご覧いただきたいと考えています。

絵画と陶芸を結ぶ一本の線

山下大五郎は、絵筆で安曇野の田園と暮らしを描きました。宮澤菊男は、地域の自然素材と炎によって相道寺焼を作りました。篠田義一は、染付や金彩で信州の山々を磁器に表し、その技術と経験を次の世代へ伝えました。

山下大五郎から宮澤菊男へ。宮澤菊男から相道寺焼へ。そして、宮澤菊男が教えを求めた篠田義一へ。

この三者は、同じ流派や同じ表現に属していたわけではありません。しかし、北アルプス山麓の自然、人の暮らし、地域に根ざした制作という点で響き合っています。この関係を作品と資料によって伝えることが、大町山麓美術館の展示の特色です。

過去の交流を、現在から未来へ

現在、父・菊男の志と相道寺焼を受け継ぐ宮澤弘幸氏は、大町山麓美術館の開館準備においても、陶芸作品の選定や展示について助言しています。過去の交流は、昔話として終わったのではなく、新しい美術館の展示へつながっています。

大町山麓美術館は、館長の個人コレクションを公開するだけの場所ではありません。山下大五郎と足立源一郎の絵画を柱としながら、相道寺焼、宮澤菊男、篠田義一など、北アルプス山麓に結ばれた人と作品の物語を記録し、次の世代へ伝える場所でありたいと考えています。

作品を一点ずつ静かに見ると、その向こうに土地の風景と人のつながりが見えてきます。大町山麓美術館で、絵画と陶芸が語りかける北アルプス山麓の物語をお楽しみください。

よくあるご質問

相道寺焼とは何ですか

長野県北安曇郡池田町会染の相道寺地区に伝わる焼き物です。宮澤家の記録では、昭和40年代初めに宮澤菊男らが再興に取り組み、現在は宮澤弘幸氏がその精神と技術を受け継いでいます。

山下大五郎と宮澤菊男には、どのような関係がありましたか

宮澤家の回想によれば、山下大五郎夫妻は宮澤家に滞在し、宮澤菊男の工房を安曇野での制作拠点の一つとしました。菊男は農作業や季節の変化を山下に伝え、その知らせを受けて山下が写生に訪れたといいます。

篠田義一は、なぜ大町山麓美術館で紹介されるのですか

相道寺焼の再興を志した宮澤菊男が、篠田義一を訪ねて指導を受けたと伝えられているためです。篠田自身も北アルプスなど信州の山々を題材にした陶芸作品を残しており、当館の地域的なテーマと深く結びついています。

ご来館について

大町山麓美術館は、2026年10月2日から完全予約制で公開します。開館時間は10時から16時まで、鑑賞所要時間は約1時間です。詳しくは「施設案内・ご予約」のページをご覧ください。

館長略歴

笠原 武(かさはら たけし)

大町山麓美術館館長。税理士・行政書士。

東京都文京区で税理士事務所を運営する傍ら、長年にわたり近現代日本美術の作品と関係資料を収集してきました。

2007年9月、中央大学法学部卒業。
2011年3月、東京国際大学大学院商学研究科商学専攻博士課程前期修了。
2026年3月、京都芸術大学芸術学部芸術教養学科卒業。

山下大五郎、足立源一郎を中心に、北アルプスや安曇野、日本の農村風景に関係する絵画を収集しています。また、相道寺焼や篠田義一など、信州の地域文化を伝える陶芸作品と関係資料の保存・調査にも取り組んでいます。

収集してきた作品を広く一般に公開し、画家と作品の魅力を次の世代へ伝えるため、2026年に大町山麓美術館を設立しました。